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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)250号 決定

抗告人 平井安雄(仮名)

主文

本件抗告を却下する。

理由

本件抗告の趣旨及びその理由は別紙のとおりである。

よつて、本件抗告の適否について検討するに東京家庭裁判所八王子支部昭和三七年家(イ)第四一〇号婚姻費用分担事件記録によれば、原審判のなされた経緯は次のとおりである。すなわち右調停事件申立人平井奈美子は昭和三七年一〇月一六日同裁判所に対し抗告人を相手方として「相手方に対し、昭和三七年七月一六日より一ヵ月生活費として金一万二、〇〇〇円、扶養料として金六、〇〇〇円合計一万八、〇〇〇円の割合による金員を婚姻費用として請求する」との調停申立をし、右調停事件は昭和三八年九月一九日不成立となり、終了するに至るまで、同裁判所に係属していたが、その間、昭和三八年二月二二日付をもつて平井奈美子より同裁判所に対し抗告人を相手方として「相手方(抗告人は申立人に対し昭和三七年七月一六日より相手方と申立人が婚姻関係にありながら別居している期間中一ヵ月金一万五、〇〇〇円の割合による金員を毎月末日限り申立人の現住所に持参又は送金して支払うこと。ただし右一ヵ月の金員は相手方の一ヵ月の収入の六割相当額であるが、相手方の収入が増加した場合には、その六割相当額を相手方は申立人に持参又は送金して支払うこと。)との審判を求める旨の申立をし、右申立書には裁判所の受付印の押捺がないので裁判所に受理された正確な日は不明である。」ついで債権者平井奈美子同彰男が抗告人を債務者、○○飛行機工業株式会社を第三債務者として原審判と同趣旨の仮審判(ただし債権者を平井奈美子同彰男とする)を求める申立をし、原裁判所は昭和三八年四月一七日原審判をなした。以上の経緯によれば、原審判は家事審判規則第四六条により準用される同規則第九五条による処分としてなされたものと認めるのが相当であるところ家事審判法及び家事審判規則による審判に対しては最高裁判所の定めるところにより、即時抗告のみをすることができることは同法第一四条に定めるところであつて、家事審判規則第九五条の処分に対して即時抗告をなしうることについては家事審判規則に規定がないから、右処分に対しては即時抗告をなし得ないと解するのが相当である。家事審判規則第九五条第二項によれば「家庭裁判所は相当であると認めるときは、何時でも、前項の処分を取り消し、又は変更することができる」のであつて、右処分に対して上訴を認めないからといつて右処分を命ぜられた者の利益が害されるとはいえないし、裁判所がしたすべての裁判に対して上訴を認めることを要することまで憲法は要求しているわけではない。よつて、本件抗告は不適法として却下すべきものである。

(裁判長裁判官 牛山要 裁判官 岡松行雄 裁判官 今村三郎)

別紙

抗告の理由

一、抗告人は昭和三七年一二月相手方から婚姻費用分担の家事調停の申立をうけ、同事件は東京家庭裁判所八王子支部昭和三七年家(イ)第四一〇号事件として繋属し、現在調停手続進行中である。然るに右裁判所は調停手続進行中に拘らず昭和三八月四月一七日付原審判の表示記載の如き審判をなし、同審判書は同年同月一九日抗告人に送達された。

然し乍ら家事審判法第二六条は本件の如き第九条第一項乙類に規定する審判事件についての調停が成立しない場合に、之を自動的に審判事件に移し、調停申立の時に審判の申立があつたものとみなし、審理の上審判をなしうることを規定しているが、調停手続進行中の事件につき審判をもつて義務履行を命ずる規定は存しないから、原審判は違法である。よつて原審判を取消し相当の裁判あらんことを求める次第である。

補充抗告理由一

原審判は憲法第七七条第一項並びに家事審判法第八条に違反し違憲違法である。

即ち原審判は抗告人に対しては抗告人が第三債務者から支払を受くべき給料その他一切の収入の二分の一の支払を受け得ないものとし、又第三債務者に対しては抗告人に支払うべき給料その他の一切の支払の二分の一を相手方に支払うよう実体的権利の実現を命ずる審判前の仮の処分に関する審判をしている。然し乍ら家事審判法には仮の処分に関する審判について何らの規定なく、わずかに同法第八条に審判又は調停に関し必要な事項を最高裁判所規則をもつて定めうることを規定しているに過ぎない。而して憲法第七七条第一項に定められた最高裁判所の規則制定権は訴訟に関する手続に関する規則の制定権であつて、強制力により実体的な権利の実現を伴う如き規則の制定はなし得ないものと云わざるを得ないので、原審判が家事審判規則第四五条第九五条に基く審判前の仮の処分としての審判であつても、憲法第七七条第一項並びに家事審判法第八条に違反し違憲違法たるを免れない。

補充抗告理由二

原審判は家事審判法第一五条の適用を誤つた違法がある。

即ち原審判は補充抗告理由第一に記載する内容の審判前の仮の処分に関する審判をなし、同審判は当然家事審判法第一五条が適用せられ直ちに執行力ある債務名義と同一の効力あるものとしている。

然し乍ら右原審判は次の理由により違法である。

(1) 家事審判法には審判前の仮の処分に関する審判に対し執行力その他の強制力を伴うか否かについて何ら明文をもつて規定していない。

(2) 権利の実現を命じ之に執行力等の強制力を付与することは当然法律をもつて規定すべき事項で、裁判所規則によつては強力な処分を定め得ないことは前述した通りである。しかるに原審判によつて基く条文上の根拠なきに拘らず当然家事審判法第一五条が適用あるものとしている。之は国民の権利の何たるかを解せず法律を無視したものであつて誠に遺憾である。

(3) 家事審判法第一五条の審判は、十分審理を尽した上で行う本案についての終局的裁判を意味し、同条の審判仮の処分の審判が含まれると云う論拠はない。仮に仮の処分に関する審判をなしうるとしても之に執行力その他の強制力を付与する根拠がない。

尚家事審判前の仮の処分の審判は家事審判規則に即時抗告をなす規定がないから直ちに家事審判法第一五条に基き執行力を生ずるとの議論が行われているが、一般の民事裁判制度には、裁判の当否を争う上訴の制度が完備し、国民の権利の保護の為め万全が期されているに拘らず、家事審判前の仮の処分の審判に限り抗告の規定がないことを理由に直ちに執行力を生ずると云う考えは、規則をもつて法律を左右すると云う主客顛倒の議論であるばかりでなく、裁判所の些意により国民の権利を左右しうるとする独裁的思想に通ずるものであり、民主々義憲法の下においては許されない思想である。かかる考えが何等の反省もなく行われるとすれば裁判所自らが上訴の裁判を拒否し、裁判所が当然行うべき裁判を否定する矛盾に陥り、自ら裁判所が裁判無用を自ら告白するものと云わざるを得ない。

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